…………………………………。
ふと。
自分が居る状況が判らなくて。
暖かいものへと頬をつけ、随分と窮屈にも体を折り曲げて寝入っていたなと思ったその瞬間、
「…っ!」
自分が眠っていたというその事実に、頭から血が引きそうな想いに駆られた。わずかにでも意識がない暇まがあっただと? 予断を許さぬことを見守っていた筈なのになんてこと。彼は、勘兵衛は無事なのか? ええい誰だ、こんな時に悠長にも人の髪をいじっておるのは…と。そこまで意識が晴れて、その手の持ち主と目が合った。
「……島田。」
「起きたか。」
久蔵の意識下で、何を暢気なと怒るより、安堵に押し潰されての気勢が萎える方が勝(まさ)ったほどに。それはそれは穏やかな声でお顔で、彼の懐ろに乗ったままだったこちらの顔を見やりつつ、そろりそろりと髪を撫でてくれていた勘兵衛であり。
「済まなんだな。」
「何がだ。」
「油断した。」
「ああ。」
「お主にも手を掛けさせた。」
「そうだな。」
さすがにほんのりとやつれているものか、気だるげな言いようではあるものの。声もはっきりとした滑舌のそれで、堂の中を淡く満たしている陽の明るさの中、顔色もいいし双眸の光も随分としっかりしていて、もう心配はない模様。ただ、
――― まだ毒が抜けておらぬのかの。
? 何故?
どこぞ痛むのかと案じるように眸を見張れば。節々の骨が立った武骨な手が、久蔵の髪から離れての、頬へとそおと降りて来て、
「お主が泣いているように見えおる。」
低くなると甘く掠れる。久蔵の大好きな声がそんなことを紡いだから。
「…。」
明るいといっても窓から直接の光が入り込むまでの明るさじゃあない。煤けた漆喰の壁に、乾いて灰色に掠れた床板。埃を払い切れてはいなかった須弥壇の錦の厚物を、罰当たりにも上掛けにしていた身だし、
「…そうさな。まだ少しは毒も残っておるのやも知れぬ。」
喉や鼻がつきつきし出して、声が絡まりそうになるのを何とか押さえ込み。もう少し寝ておれと、自分の頬を包み込む、大きな…これも大好きな手のひらへと白い手を重ねてやって言い諭せば、
「ああ。」
他愛ない笑顔になっての、何が可笑しいのか、くつくつと微笑いながらも眸を伏せる壮年殿であり。その胸板が規則正しく上下するのに身を任せ、
「…。」
思い出したように自分の肩口へ手を回して得物の双刀を確かめてから、ようやっとの安堵の吐息を長々とついた紅衣の若いの。ああまで焦ったことも忘れて、今はただただ、心地のいい寝息を枕に、自分までが眠ってしまいそうなのへと、苦笑混じりに頑張ってみる朝ぼらけであったそうな。
おまけ 
「ところで。」
「どうした?」
「どうして薬を躊躇した。」
「…。」
「言え。」
「お主のことだから、
飲み薬か塗り薬か確かめて来なかったかも知れぬと、一瞬危ぶんだのだ。」
「…。」
「怒ったか?」
「いや。確かに確かめては来なんだ。」
「…そうか。」
おいおい、それで終わりかい。(苦笑)
〜Fine〜 07.7.12.〜7.16.
*本編のほうでシチ母さんが倒れたばかりだってのに、
(本篇 四の章 さくら『雪囲い』)
こういうネタの話を書いてもいいものか。
ちょこっと迷ったのですが、
あちらは別な方向へ進む話だからま・いっかということで。
めるふぉvv **

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